スポーツ

澤田優蘭(パラ走り幅跳び)の出身高校は?競技を始めたきっかけも!

先日、澤田優蘭選手がパラリンピックの代表選手に内定しました!

おめでとうございます!!

2018年日本記録を更新し、世界ランキング1位になっている澤田選手ですので、メダルも狙っていけるのではないでしょうか。

そんな澤田選手の出身高校や競技を始めたきっかけを調べてみました。

澤田選手の過去が気になる方に読んでいただけると嬉しいです。

澤田優蘭(パラ走り幅跳び)の出身高校は?

 

この投稿をInstagramで見る

 

澤田 優蘭(@uran_sawada)がシェアした投稿

高校は、都立文京盲学校出身です。

本校は、視覚に障害のある者のための高等部の学校で、普通科(高等学校普通教育課程)、専攻科保健理療科(あん摩マッサージ指圧師免許取得のための職業教育課程)、専攻科理療科(あん摩マツサージ指圧師 免許、はり師免許、きゅう師免許取得のための職業教育課程)の3科を設置している。

引用:都立文京盲学校のHPより

網膜色素変性症と診断されたのは高1の時で、もともとは普通の高校に通っていたそうですが、盲学校のことを知り編入しています。

大学

 

この投稿をInstagramで見る

 

澤田 優蘭(@uran_sawada)がシェアした投稿

大学は、立教大学コミュニティ福祉学部・スポーツウエルネス学科出身です。

ウエルネスとは、心身の健康だけでなく、価値観や生きがいなども含めた多元的な健康観です。スポーツウエルネス学科では、「健康運動」と「スポーツパフォーマンス」の2つの視点から、現代人のウエルネス向上を推進。運動とスポーツのあり方について総合的なアプローチを行い、すべての人が心身ともに楽しく健康に生活できるウエルネス社会の構築を探求します。

引用:立教大学HPより引用

 

澤田優蘭(パラ走り幅跳び)競技を始めたきっかけは?

澤田選手は子供の頃からかけっこが得意で、急激に視力が落ちるまでは中学でも陸上部に所属していました。

高校一年生で網膜色素変性症と診断され、盲学校へ編入した澤田選手。

そこで、自分よりも見えていない人たちが、スポーツや裁縫をしていたり、パソコンを普通に使っていたりしていたことに衝撃を受けたそうです。

 その後、体育の先生に「もう一度陸上をやってみる?」と声をかけてもらって、中学校以来久しぶりに競技に復帰。

この体育の先生の声かけがなければ、今の澤田選手はいなかったかもしれませんね。

そして走幅跳に出会うとすぐさま頭角を現し競技歴2年で北京パラリンピックに初出場を果たしています。

おわりに

世界ランキング1位を獲得したこともある澤田選手。

パラリンピックのメダル獲得も決して夢ではありません!

ぜひ皆さんで応援しましょう!

最後まで読んでいただきましてありがとうございました。